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福岡高等裁判所 昭和30年(ネ)135号 判決 1956年4月13日

控訴人 原告 江口隆

訴訟代理人 大曲実形 外二名

被控訴人 被告 二宮吉蔵

訴訟代理人 三橋毅

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴人は「原判決を取り消す。被控訴人は控訴人に対し一五三・〇〇〇円及びこれに対する昭和二七年一一月二七日より完済に至るまで年五分の割合による金員を支払うこと。訴訟費用はすべて被控訴人の負担とする。」との判決を、被控訴人は控訴棄却の判決を求めた。

事実及び証拠の関係は、

控訴人において「原判決は控訴人と訴外亡江口長太郎夫婦との共同生活関係をもつて、内縁の養親子関係と認め、従つて互に扶助の義務があり、控訴人が江口長太郎に金員を交付したのは、扶助義務に基いてなしたものとしている。しかし(一)右のような相互扶助義務の認めらるべき内縁の養親子関係の存在するがためには、養子縁組の実質的要件を悉く具備し、たんに縁組の届出だけを欠くに過ぎないものでなければならない。未成年者を養子とするには、家庭裁判所の許可を必要とし、これはただに縁組届出の前提要件たるにとどまらず、縁組そのものの実質的要件である。だとすれば、家庭裁判所の許可を得ないで、当時一六年の未成年者であつた控訴人を養子とする目的で引き取り、事実上の養親子関係を生じた本件の場合は、縁組の実質的要件を具備しないものであるから、相互扶助義務を生ずる内縁の養親子関係と認むべきではなく、たんなる事実上の養親子的共同生活関係(いわば違法な内縁の養親子関係)であつたに過ぎないので、未成年者たる控訴人に江口長太郎夫婦を扶助する義務を負担させることは、子の幸福利益のために、未成年者を養子とする縁組を家庭裁判所の許可にかからしめた民法第七九八条の精神に反するものといわなければならない。(ただし、家庭裁判所の許可のない事実上の養親子関係における養親は養子を扶助する義務を負う。右養親は未成年者を養子とする目的で、これを自己の共同生活の中に引き取るものであり、民法の未成年者養子縁組制度の指導理念が、子の幸福利益ということにある以上、同養親に無能力の未成年者を保護する義務がないとはいえないのである。)(二)江口長太郎の家庭は、その妻マサ及び右両名の事実上の養子である梅野雪子並びに控訴人の四名で、その家庭生活の主宰者は江口長太郎で、同人は他の三名に対する法律上の扶助義務者であるが、老令かつ病弱で金銭的な収入は殆んどなく、控訴人から交付された一五三、〇〇〇円をもつて、約二年間辛うじて右の扶助義務を果すことができるとともに、長太郎自身の医療費等も、右金員をもつて賄なわれたのであるから、それだけ自己の財産の減少を免かれたわけであつて、まさに、同人は法律上の原因なくして控訴人の財産によつて利益を受け、控訴人はそのため損失を蒙つたものというべく、すなわち、長太郎は控訴人に対し不当利得返還義務を負担し、その相続人たる被控訴人は該返還義務を承継したことが明らかである。」と述べ、甲第三号証を提出し、当審証人梅野清次郎・庄司清磨の証言及び当審控訴本人の尋問の結果を援用し、

被控訴人において、当審証人梅野雪子・扇竜法の証言及び当審被控訴本人の尋問の結果を援用し、甲第三号証の成立を認めると述べ、

た以外は、原判決の事実欄に示す通りであるからここに引用する。(ただし原判決三枚目表七行の「庄司清麿」を「庄司清磨」に、同三枚目裏四行の「昭和二十八年」を「昭和二十七年」に改める。

理由

当裁判所の審理の結果に徴しても、控訴人の本訴請求の排斥を免れない所以は、以下附加する外、原判決説示の通りであるから、ここに原判決の「理由」を引用する。

一、原判決五枚目表一行の「二十八年十月二日」を「二十七年十月二日」に改め、原判決理由中「庄司清麿」とあるのをすべて「庄司清磨」に改める。

二、成立に争のない甲第一号証によると、控訴人は昭和八年一〇月一四日生の者であることが明らかであるから、江口長太郎夫婦と縁組の予約をなし、その事実上の養親となつて、同夫婦と同居することとなつた昭和二五年八月当時は満一六歳余の未成年者であつたことが明らかであつて、右事実上の養子縁組につき、家庭裁判所の許可を得ていないことは、被控訴人の明らかに争わないところであるから自白したものとみなすべきであるけれども、満一五歳以上の未成年者が養親と縁組の予約をなし、(または代諾による縁組の予約により)事実上の養親と内縁の養親子関係を創設するには、必ずしも家庭裁判所の許可を必要としない。すなわちその許可の有無にかかわりなく、他に右縁組を無効ならしめる実体的要件を欠如しないかぎり、いわゆる内縁の養親子関係を創設しうるのであつて、法律の用語に従えば、そこにはすでに縁組の届出をなさざるも事実上養子縁組と同様の事情にある養親子関係(例えば、厚生年金保険法第四六条参照)ありというに妨なく、かかる内縁の養親子は民法第八七七条第一項の規定に準じて相互に扶養の義務があると解するを相当とする。けだし、内縁の養親子関係の当事者は家庭裁判所の許可を得たると否とを問わず、互に相手方に対し縁組の届出を強制できず、かつまた何時にてもこれを解消しうるのであるから、(もつとも不当・違法に内縁関係を破棄した有責の当事者が相手方に対し、有形無形の損害を賠償する義務を負担することのあるのは当然であるけれども、破棄者が未成年者である場合は、その責任及び不当・違法性の認定について慎重な考慮が払われなければならない。)前示のように解しても養子縁組につき未成年者の利益を保護するために設けられた民法第七九八条の規定に牴触し、またはその精神に反するということはない。当事者弁論の全趣旨によると、控訴人と江口長太郎夫婦との事実上の養子縁組はこれを無効ならしめる実体的要件を欠如しないばかりでなく、これにつき控訴人の両親の同意をも得ていること(満一五歳以上の未成年者が養子縁組をなすについて親の同意を要件としないのは通常の場合親の同意のない縁組は家庭裁判所でこれを許可しないであろうし、また例外的に親の同意しない縁組であつても、子の利益・幸福のために家庭裁判所において許可するのを相当と認める場合もあるからであつて、普通には親の同意があるということは、縁組を適当とする一資料であるといえるであろう。)が窺われる以上、家庭裁判所の許可を得ていないので、本件事実上の縁組が違法のもので控訴人は江口長太郎夫婦を扶助する義務(扶養の義務を含む意と解する。)がないとする控訴人の主張は採容し難い。

三、内縁の養親は格別の事情のないかぎり法律上の養親と等しく未成年者たる内縁の養子を扶養する義務を負担するのであるが、内縁の養親が扶養資力を欠くばかりでなく、生活能力とぼしく却つて扶養を要する場合は扶養の資力ある内縁の未成年養子において、右の養親を扶養する義務があるのは当然であつて、この限りにおいて扶養に関する民法の規定は親権者の未成年者に対する扶育の規定に優先するものと解すべく、これに反する控訴人の主張は採容しない。

原審及び当審証人庄司清磨、当審証人梅野清次郎の証言、原審及び当審控訴本人の尋問の結果によると、控訴人は江口長太郎に対し、昭和二五年から同二七年同人が死亡するまでの間、カジキ漁に出漁して得た収入金計一五三・〇〇〇円(昭和二五年中七五・〇〇〇円、同二六年中五〇、〇〇〇円、同二七年中二八・〇〇〇円)を交付したことが認められるところ、当事者弁論の全趣旨と原審及び当審証人梅野雪子の証言並びに原審控訴本人の尋問の結果によると、右金員は江口長太郎夫婦及び控訴人の内縁の妻で江口長太郎方において控訴人と同居した梅野雪子(同人と控訴人とは民法第七五二条に準じて互に協力扶助する義務がある。)並びに控訴人四名の生活費等その共同生活を維持扶養するために交付され、また事実四名の共同生活の維持利益のために使用されたことが認められ、これに反する当審控訴本人の尋問の結果は信用しない。そして江口長太郎は前示四名居住の家屋を所有し、些少とはいえ田畑及び山林を所有したことは原判決認定の通りであるから、控訴人としても、右家屋に内縁の妻と共に居住する利益を享受し、右田畑山林よりの収益産物によつて生活上の利益を蒙つたことは推認するに難くなく、江口長太郎夫婦が病弱で自活能力がないため、控訴人を事実上の養子に迎えるにいたつた原判決認定の経緯事実を勘案すれば、たとえ控訴人が前示金員を江口長太郎に対し交付した所以が養子縁組の届出が履行されることを前提としてなしたとしても、(縁組の届出が履行されないまま内縁の養親子関係が解消した場合は交付された金員を返還するという明示または黙示の意思表示ないし事情があれば、これに基いて、控訴人は返還請求権を有するであろうが、本件に現われたすべての証拠資料によつても、右のような意思表示ないし事情のあつたことは認められない。)本件事実上の縁組が届出でられることなくして解消するに至つた填末は原判決が正当に説示する通りであるばかりでなく、縁組の届出をなした養子が前示の事情の下に養親に対して前示趣旨の金員を交付した後、縁組が解消されたとしても、養子は交付金員につき不当利得返還請求権を有しないことの自明なると等しく、控訴人は前記交付した一五三・〇〇〇円について不当利得返還請求権を有するものではない。

よつて、原判決は相当で控訴は理由がないので民事訴訟法第三八四条・第九五条・第八九条を適用し主文の通り判決する。

(裁判長判事 桑原国朝 判事 二階信一 判事 秦亘)

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